なぜ潜在意識アーティストなのか?
普段の生活では、見ることも感じることもできない世界があります。
その世界を始めて「見た」のは2012年の冬。
熊本県の高森町というところ。
そこに移住前のお試し期間で一ヵ月滞在した。
その時なんやかんや有り、
その世界を見ることになった。
高次元の存在の声も聞いた。
所謂、一般的には神様と呼ばれる存在です。
それから様々な形で「その世界」の情景を見ることに。
なぜ?
当然誰でも見られるわけでは無いし、
ましてや何度も何度も。
ちなみに
目の前にある現実や現象は
全て寸分の狂いもなく「予定」されていて
例外なく意味がある。
これは本で読んだとか、なんとかセミナーに行ったとか
そういうことで得た情報ではありません。
僕自身が体験的に知った真理です。
だから
僕が「その世界」や「その声」とかを度々聞いたり見たり
してきたのは間違いなく意味がある。
使命とかお役目とかいう形式ばった言葉で形容したくない。
けど、わかりやすく言うならそんなところ。
つまり理由があって見ている。
試行錯誤の10年。ひとまずたどり着いた表現手段
僕がダンサーであることも多分意味があるのだと思う。
だから人より「繋がり」やすい体質になってる。
僕が見た世界を伝えるために
踊り続けてきた。
ダンスの中でもサンバダンサーを選んだのも
やっぱり意味があったんだと思う。
サンバは即興と恍惚のダンス。
同じリズムパターンの中でだんだん頭がボーっとなってくる。
起源がアフリカ伝来の憑依系宗教のカンドンブレ。
とっても辻褄が合う。
10年前に初めてみた世界。
踊る事だけでは表現しきれなくなったビジョンを
描くことで伝えることにした。
それが7年前。
その時は踊る行為を絵にできないか?という発想から
ラスコー洞窟の壁画に行きついた。
それは、かつてシャーマン(呪術師)がトランス状態に
なったときに見たビジョンを描いたもの。
そこからアクションペインティングに行きついた。
アクションペインティングの有名なアーティスト
Jackson Pollockは自分の精神状態を安定させるために
アクションペインティングを始めたそうだ。
面白いくらい筋書通り。
行きつくべくして行きついている。
潜在意識アーティストとして僕は世の中に何をもたらしたいのか?
潜在意識という単語は、ほんの数日前
嫁のメールにポツンと書いてあった言葉を拾っただけ。
言い方は何でも良いと思ってる。
でも「抗うことなく」筋書に従うつもりで
潜在意識アーティストと自らを名付けた。
見えない手で背中を押されるように
アトリエが手に入り「お膳立て」が次々を成されていく。
自然とメッセージも伝わってくる。
目に見える現実、聞こえてくる言葉には全て意味ある。
それに抗うことなく従って、自分本来の生き方に忠実になる。
そうすることで魂が喜ぶ。
魂というのは「大きな光のうねり」から零れ落ちた一滴の粒子。
それを肉体を介して純度を上げていくわけだけど、
あらかじめ予定されている通りに現実は動くわけだから
無理に抗うと魂が苦しむ。無駄に思い悩んでも魂が苦しむ。
世界は本来「愛と喜び」に満ちていて
常に「大きな光のうねり」と共にある。
わかりやすく神様といってもいい。
目の前に起こる現実に「良い」も「悪い」もなく
全てに価値があって意味がある。
「全てが有難い」
言い表せる日本語は素敵。
そう認識したとき、世界は「愛と喜び」に満ち溢れて現れる。
無限に折りたたまれた「今」の連続のなかから
魂が喜ぶ「今」が数珠つなぎに現れる。
本来の自分が望んだ筋書に気付くかどうか。
僕は伝え、全ての人々に気付いてほしい。
潜在意識アーティストを名乗り
世の中を「愛と喜び」で満たしたい。
是非、僕の絵を手にとって
自分自身の潜在意識を刺激してください。