「瞬間の中の永遠」ということを考える

一見、相反する言葉だと思う。
「時間」を具象的に線と点の「形」で
理解していると、特に何のことだか分らない
と思う。

永遠を果てることなく続く「線」とイメージして
しまうと益々そうだ。その「線」に「点」としての瞬間がある。
と理解してしまえば至極簡単だからだ。

でも、実際は逆なんだろうなと思う。
時の流れはホリゾンタルに続く単純な道ではなく
行く方向にも広がり爆発している
瞬間の連なりなんだろうなと。

そこには過去もなく未来もなく
ただ瞬間だけが光の粒のように発生して
瞬いて消える。それが多元構造に重なり合って
「その瞬間」は幾通りも存在する。

例えば
その人達と出会ってるバージョンの自分
その人達と出会ってないバージョンの自分

僕が肉体として物理的に存在しているバージョンの世界
僕が肉体として物理的に存在していないバージョンの世界

その瞬間が永遠に幾重にも連なるだけで
それ自体に方向や意味などない。

ただ瞬間を認識する肉体に使用期限(寿命)があるから
その部分だけは不可逆的な縛りがある。

瞬間の中に永遠が存在する。
というか瞬間だけが永遠に瞬き続ける。
意味や理由を超えて。

その中に漂い同じく明滅する光の粒が僕だったり
彼だったり彼女だったり。

ただあるがままに瞬き
瞬間を重ねる。肉体がなくなるまで。

なんていう
小難しい話を月曜の朝から考えてました。
今週末はいよいよ待ちに待った
スエットロッジ。インディアンの修行で
何が見えるか。
見えたものをどう作品に活かすか。
また新たに一皮むける自分にワクワクしている。
輝く瞬間瞬間にただ感謝(^^)

 

 

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