ブラジル移民に想いをはせる【移民の日】熊本ブラジルの日

今からおよそ110年前、笠戸丸に乗って
日本から多くの日本人がブラジルに移民として渡りました。
そして地球の裏側ブラジルのサントス港にたどり着いたのが
今日、6月18日。だから今日は「移民の日」ブラジルの
日系社会では記念日。

その後も移民政策は続き、現在ではその子孫の方々で
ブラジルには世界最大の日系社会が出来上がっています。
移民の理由は色々。新天地で成功するために
皆さん夢を抱いてブラジルに渡った。
移民が始まった当初は日本で賄いきれない
人口を調整する「口減らし」なんていう側面もあった。

移民先のブラジルでも
ジャングルや荒れ地の開墾、生活困窮、不作などで
破綻して亡くなったり、借金を抱えて日本に帰国する人も
いたそうです。
みんながみんな成功しているわけではないし、
身内を送り出したことを、
あまり触れられたくない人もいる。

熊本からも多くの日本人がブラジルに渡っている。
先導したのは城南町の上塚周平氏

僕が熊本に移住した後に知った
熊本とブラジルの移民を通じたつながり。
単純にブラジルキーワードで鼻息荒くなり
ブラジルでお世話になった日下野さんの希望もあって
ツナガルマジワル「熊本ブラジルの日」を立ち上げた。
今年が5年目を迎えるはずだった。
コロナの影響で表立っての行事はありませんが。

調べて話を聞けば聞くほど
綺麗ごとや成功談だけではない
ブラジル移民の歴史。

それを乗り越えても
やっぱりブラジルと熊本はもっと仲良く
緊密な関係を作るべきだと思うのです。

僕が2016年に日系移民のコミュニティがある
サンパウロのリンス市とプロミッソン市に
訪問した際に言われたこと。
「家族を想うように、いつも日本のことを想ってます。
日本の皆さんも地球の裏側に家族がいることを
思い出してください」
熊本地震の年、ブラジルの熊本県人会の方々
が熊本に義援金を送ってくださった。
その事をどれほどの熊本の方が知ってるだろうか。

それどころが移民の歴史すら忘れられている。
移民の父、城南町の上塚周平氏の名前すら知らないと。
なんてもったいない。

ブラジルでは日系の方々は信用されて
高い地位の方が多い。医師、弁護士、銀行員、経営者。
そのコネクションだけでも新たなビジネスが生まれそう。

熊本の農業牧畜は慢性的な人手不足。
阿蘇の名物あか牛は需要があるのに後継者がいない。
熊本に限らず地方都市は人口減少。
日系の方、手助けしてくれると思うのですが。

年に一回のブラジルを想う日。
良かったら、一緒に地球の裏側にいる「家族」を
思い出しませんか?

おすすめ記事