表現者

「表現者のお仕事」実体(肉体)をもって生きている人の発する粒子のお話。

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状況、個人、時期、他の人、演奏技術、
衣装、表現手段、楽曲、声、表情…

これ全部媒体(メディア)なんです。
もやッとした「想い」という不定形な粒子を
メディアを通じて視覚的、聴覚的、触覚的に
伝えようとする試みが表現活動というわけです。

アーティストが日夜努力しているのは
そのメディアをより透明にすること。
自分が使っている表現手段(演奏や身体表現)を
意識させないくらい「スースー」で
想いやメッセージを伝えられるようにする。

前にも書いたことがある言葉ですが
「透明な文章」
書いてある文章が目に入らなくなるくらい
ダイレクトにメッセージが届いたら
その文章は極めて優れている。
と思うわけです。

文章を書くのは作家
音楽を奏でるのは演奏家
身体表現するのはダンサー

くらいの違い。
そこに状況だったり演出だったり。
使用する楽曲だったり。

色々なメディアを使う。
重ねてみたり、ぶつけ合ってみたり、
並べてみたり。
メディアが未熟だったら
別のメディアで補完してあげたり。
それが伴奏だったり
照明演出だったりするわけです。

そんなものが一体となって
作品となって「スースー」な勢いで
観ている人に粒子(エネルギー、メッセージ、思い)
を伝えること。これが表現者の仕事。
なわけです。

そこに伝えるべき粒子がなかったり
そもそもメディアのクオリティが低かったり
チョイスが間違ってたりすると
伝えるべきものが伝わらない。
「何も感じない」となるわけです。

それどころか
「不快」に感じたり。意図しないメッセージを
受けてしまったり。
炎上してしまったり。

人間は実体をもって生きている限り
全ての人が表現者であると
僕は思うのです。

生き様、働く姿、失敗する姿。
それを通じて伝えたい何かがあるから
生きて活動している。はず。
少なからず。

「そんなものなーい!」と言ってる
へそ曲がりだって。
そういう言葉を発することで
自分の空虚感を伝えている。
じっとしている人間だって
動かないことで
自分の閉塞感を伝えてるかもしれない。

何したって
実際のところ実体、肉体を持っている限り
粒子は発している。

だったら!

心地よく自由に生きる
気持ちのいい粒子を発した方が
良くないですか?

「ダンスとアートで世界を変える」
というのが僕の会社の社訓です。

変えられると思うんですよねー
そういう想いとかメッセージがあるんだから。
伝えるための表現手段や仲間を持ってるわけだし。
こうしてブログも書いてる。

ブログでは読む人が限られる。
じゃぁ、ラジオで喋る。
それも聴く人が限られる。
じゃぁ、舞台で表現する。
絵を描く。
っていう風に。
自分の粒子(想い)を伝える手段を沢山もつ。
そのクオリティを上げて、より広く伝わるようにする。
これは表現者と呼ばれる人たちの役割と思うのです。

新作の音楽舞台を準備してます。
素晴らしいアーティストが集結しています
伝えたいメッセージ、実現させたい世界。
あらゆる表現手段、楽曲を駆使して
粒子(エネルギー)を広く伝えたい。

生きてる限り僕の試みは続きますよ。

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